黒死病が流行した時代に現れたペスト医師について。その異様なマスクの理由は?

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14世紀にヨーロッパを襲った黒死病と呼ばれる疫病によって、一説によればヨーロッパの3分の1の人口が死亡したとされている。
黒死病の正体はペストであると考えられ、ヨーロッパでは17世紀までペストの流行が断続的に続いていた。

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(画像)黒死病による死者を埋葬する人々

そのため、ペストが流行した都市では、ペスト患者を専門とした医師が雇われていた。彼らはペスト医師と呼ばれ、多くは経験の少ない若手の医者か、あるいは、まったく医療経験の無い者達であった。
彼らは、貧富の隔てなく平等に患者を治療したが、一部のペスト医師は特別な治療を施す見返りとして、追加の報酬を要求していたという。
彼らの役目は、ペスト患者の治療だけではなく、ペストによる死者の数や、死ぬ間際のペスト患者の遺言を記録することでもあった。
ペストがどの様にして感染するのか、正確な原因についてはその当時は解明されていなかったが、17世紀には、瘴気(ミアスマ)と呼ばれる「悪い空気」がペストの原因ではないかと考えられるようになった。
1619年には、シャルル・ド・ロルムによって、今日まで広く知られる特徴的なペストの防護衣が発明された。

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(画像)ペスト医師

この衣服はペストの原因とされる瘴気から身を守るために作られたものであり、ペスト医師はこの様な格好で患者の治療を行っていた。
瘴気は衣服の繊維に付着すると考えられていたため、防護衣のコート、手袋、ブーツは全て皮製であり、その表面には、獣脂が塗られていた。それらは瘴気をはじくと信じられていたのである。
また、カラスの口ばしのようなマスクの中には瘴気よけの薬草や香料がつめられていた。時には、薬草に火をつけて燻らせてからマスクの中に入れることもあった。
ペスト医師が持っている木の杖は、患者を直接触れずに診察するために使われたと考えられている。
また別の説では、患者はペストを神から与えられた罰であると信じており、彼らが贖罪のため、ペスト医師にその杖で自らを叩くよう懇願していたのではないかともされている。
(ちなみに同様の行為は14世紀のペストの流行の際にも大規模に行われていた。それらは鞭打ち苦行者と呼ばれ、ペストに感染した者が贖罪のため自らの体に鞭を打っていたという。)

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(画像)鞭打ち苦行者

ペスト医師の治療法は主に体を切って血を抜く、いわゆる瀉血や、腫れたリンパ節に蛭をあてがって血を吸わせるというものであった。
しかし、残念ながらこれらは症状を改善させるどころか、逆に悪化させる原因に過ぎなかったと思われる。
また、ペスト医師の多くは、自らもペストに感染し短命であったとされる。

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