世の中の様々な分野には先駆者と呼ばれる人物がいる。
世界初の録音再生できる蓄音機を発明したエジソン、人類で初めて大西洋単独無着陸飛行に成功したリンドバーグ、日本で初めてラーメンを食べたとされる水戸黄門(諸説あり)等である。
こう考えると、単に記録に残されていないだけでこの世のあらゆる物事には、一番最初にこれをした、という先駆者がいるはずである。
ではブラストビートの先駆者は一体誰なのだろうか?
世界で初めてブラストビートが使われている曲は一体どの曲なのだろうか?
ふとこんな疑問が湧き上がってきた。
というわけで今回はそういった疑問を解決すべく、ブラストビートの原点を探ってみようと思う。
・ブラストビートとは
ブラストビートと言えば、デスメタルやブラックメタル、グラインドコア等のいわゆるエクストリーム・メタルで用いられるドラムビートである。
特徴としては、バスドラム、スネア、シンバルを高速で連打するというもので、メタルやハードコア以外の音楽ジャンルではまず使用されることの無い、かなり特殊なビートだ。
ブラストビートと一言で言ってもハンマーブラスト、ボムブラスト、グラビティブラスト等様々なバリエーションが存在するが、以下では最もオーソドックスで、ブラストビートの基本型ともいえるトラディショナルブラストを紹介する。
これはバスドラムとスネアを交互に叩くと言うフレーズで、いわゆるスラッシュビートを高速で叩いたフレーズだと考えることも出来る。
(画像)トラディショナルブラストの譜例
さて、本題に戻ろう。
ブラストビートのルーツはいったいどこにあるのか?
このテーマにおいて、よく名前が挙がるのがグラインドコアの創始者であるNapalm Deathだろう。
1987年にリリースされた1stアルバム「Scum」は、グラインドコアの先駆けであり、またブラストビートを世に知らしめた一枚として名高い。
またドラマーであったMick Harrisが「グラインドコア」や「ブラストビート」という名称の名付け親であるとされている。
ではこのアルバムが世界で最初のブラストビートが使われているアルバムなのだろうか?
残念ながらそうとは言えないようだ。
・Napalm Death – Scum
さらに調べてみた結果、なんと自らがブラストビートの先駆者だと豪語するドラマーがいた。
その人物はAnthrax、S.O.D.のドラマーCharlie Benanteで、彼はdrumtalkのインタビューで、「1985年にS.O.D.がリリースしたアルバムが、ブラストビートが収録されている最初のアルバムだ」と述べている。また、「このアルバムがブラストビートが収録されている最初のアルバムだと信じない人々にはうんざりしている。俺が間違っていると証明できるならしてみろ。でも俺はあれが最初だと信じている」と、S.O.D.がブラストビートの元祖であると認めない人々に対して不満を述べた。
彼が主張するブラストビートが収録されている世界初のアルバムとは1985年にS.O.D.がリリースした1stアルバム「Speak English or Die」だ。
言わずと知れたクロスオーバー・スラッシュの名盤だが、世界初のブラストビートはこの中の「Milk」という曲に収録されているらしい。
・Charlie Benante (Anthrax, S.O.D.) – drumtalk [episode 51]
・S.O.D. – Milk
ドラマー本人が言っているのだから、S.O.D.の1stアルバム「Speak English or Die」の「Milk」がブラストビートの元祖で確定だろう、と思いきや、残念ながら必ずしもそうとは言い切れないようだ。
「Speak English or Die」がリリースされた1985年よりもさらに前にブラストビートが使われていると思しき曲がいくつかあるのだ。
以下にそれらを抜粋する。
まずS.O.D.とおなじくクロスオーバー・スラッシュのバンドD.R.I.が1983年にリリースした1stアルバム「Dirty Rotten LP」に収録されている曲「No Sense」から。
時間は短いが確かにブラストビートと言えなくもない。
・D.R.I. – No Sense
次にBeastie Boysが1982年にリリースした1stEP「Polly Wog Stew」に収録されている曲「Riot Fight」だ。
Beastie Boysといえば世界的に有名なヒップホップグループでブラストビートとは程遠い音楽ジャンルのように思われるが、実は彼らは結成当初はハードコア・パンクバンドだったのだ。
これもかなり荒削りではあるがブラストビートとみなせるものだろう。
・Beastie Boys – Riot Fight
最後にスウェーデンのハードコア・パンクバンドAsocialが1982年にリリースしたデモ「How Could Hardcore Be Any Worse」を紹介する。
書籍「スウェディッシュ・デスメタル」の著者Daniel Ekerothはこれが最古のブラストビートだと述べている。
・Asocial – How Could Hardcore Be Any Worse
以上が、今回の調査で判明したブラストビートが使われている最初期の楽曲だ。
Beastie Boysの音源とAsocialの音源はどちらも1982年にリリースされている。
従ってこのうちのどちらかがブラストビートが収録されている最古の音源だということになる。
さらに調べてみた結果、Beastie Boysの方は1982年の7月にリリースされたものだということがわかった。
だが、残念ながらAsocialの方は1982年の何月にリリースされたのかという情報を見つけることは出来なかった。
そのため当記事ではBeastie Boysの「Polly Wog Stew」とAsocialの「How Could Hardcore Be Any Worse」の両方を世界最古のブラストビートが収録されている音源ということにさせて頂く。
とここで記事を締めくくりたいところだが、もう一つ特筆すべき点を挙げておく必要がある。
ブラストビートとジャズ
ブラストビートのルーツはジャズにある、という意見だ。
調べてみたところ、最も古いもので1955年にDuke Ellingtonというミュージシャンのジャズバンドのドラムソロに、ブラストビートの萌芽ともいえるべきものが見つかった。
・Duke Ellington and his Orchestra 1955
果たしてこれがブラストビートと言えるかどうかは微妙なところだ。少なくとも一般的にメタルで使われているブラストビートとはまったく異なるものだろう。
まとめ
というわけで、ブラストビートのルーツについてまとめておく。
・ブラストビートの名付け親は元Napalm DeathのドラマーMick Harris
・ブラストビートの原型は1980年代初頭のハードコア・パンクシーンで形成された
・その中でも最古のものは1982年にリリースされたBeastie Boysの「Polly Wog Stew」とAsocialの「How Could Hardcore Be Any Worse」
・より古くには、50年代のジャズにブラストビートを彷彿とさせるビートが確認できるが、それがブラストビートの原型と言えるかは疑問
音楽のジャンルや演奏技術は一朝一夕に出来たのもではなく、先代のミュージシャン達の試行錯誤の賜物である場合が多い。
時にはこうしてそのルーツを探ってみるのも一興である。
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